40歳になる年に福井県立大学に赴任しました。教育では、当初の10年(インターネット黎明期)を情報教育に、世紀が変わって後の10年を環境教育に、そして原発事故あった2011以降の5年をエネルギー教育に力を注ぎました。

福井県立大学は、県税がはいる地域のための大学であるので、積極的に委員会の要請をうけました。約60の委員会に関与し、長いものは10数年続けました。

同じ理由で、講演の依頼も可能な限り引き受けました。数多くの学会(情報科学、環境科学、地域科学、農業環境工学、農業情報学、教育工学、教育システム情報学など)に出入りしたので講演は雑多なものでした。公開講座(オープンカレッジ)も頻繁に行いました。

福井にきてからの海外活動は16回ですが、学会発表、研究、交流、NGOと様々な経験をしました。

大学教員の本文である研究活動は、京都大学時代のようにいきませんでした。学部所属でなく卒論生をもたないためつい眼前の仕事にかまけ、学会発表はするものの、それをまとめる余力がありませんでした。なので京大時代の成果を含めた論文は少なめです。専門書はついに執筆せず、著書は教科書でごまかしました。

ちなみに、京大時代の研究は、フィルダムの耐震理論、地滑り対策用の斜面安定解析、細かくは土質動力学です。水や空気を含む土粒子が振動したときにどう挙動するかを、実験とコンピュータシミュレーションで予測することです。フィルダムの材料が九頭竜ダムのように岩や土からなるからです。阪神大震災以前は地震がすくなく研究の検証が難しかったです。阪神震災後は私の研究も役立ったかもしれませんが、そのときには福井に赴任して研究対象を農業情報学に転向していました。その後は7年おきにふらふらと興味と地域の要請のままに、研究対象を変えてしまいました。